呼吸する起点

シェル呼吸を意識するようになってから何日か経った。

西洋の技法、つまり生命の木では、神との契約が基本にあるので、上方からエネルギーを得る。東方の技術に関してはその逆だ。つまり大地から得る。または自分の中のものを使う。

しかし、感覚球全体から息をする、呼吸をするということを考えるときに、上からか下からか、この方向性だけを絞るのはおかしいのではないかと思う。感覚球全体から呼吸をする、シェル全体から呼吸をするのであれば、特定の方向ではない。周囲からエネルギーを得るということであるのなら、スポンジのように呼吸するのであろう。上からも下からも四方からも。

そのことを考えていたときに、カバラ十字はどうなるんだということを考えた。上下左右そして宇宙、これらを意識するときに、前後を考えることも必要だろう。そうすると3次元の球体となる。その3次元の球体の中を自分のものとして認識し、宇宙の一つとして認識するのであれば、これもまた感覚球の一つとして考えられないだろうか。

そのように捉え直すことで、カバラ十字というものが大きく意味を変えてくる。バニシングというものではないのかもしれない。もちろんそれを意識することで、不浄なものを追い出すという意味ではやはりパニシングではあるのだが、それをただ単に上方からのエネルギーと捉えるのではなく、周辺から得たものを自分が変換し、そして光、聖なるなエネルギーとして周囲を満たすというふうに考えられないだろうか。