呼吸する起点

シェル呼吸を意識するようになってから何日か経った。

西洋の技法、つまり生命の木では、神との契約が基本にあるので、上方からエネルギーを得る。東方の技術に関してはその逆だ。つまり大地から得る。または自分の中のものを使う。

しかし、感覚球全体から息をする、呼吸をするということを考えるときに、上からか下からか、この方向性だけを絞るのはおかしいのではないかと思う。感覚球全体から呼吸をする、シェル全体から呼吸をするのであれば、特定の方向ではない。周囲からエネルギーを得るということであるのなら、スポンジのように呼吸するのであろう。上からも下からも四方からも。

そのことを考えていたときに、カバラ十字はどうなるんだということを考えた。上下左右そして宇宙、これらを意識するときに、前後を考えることも必要だろう。そうすると3次元の球体となる。その3次元の球体の中を自分のものとして認識し、宇宙の一つとして認識するのであれば、これもまた感覚球の一つとして考えられないだろうか。

そのように捉え直すことで、カバラ十字というものが大きく意味を変えてくる。バニシングというものではないのかもしれない。もちろんそれを意識することで、不浄なものを追い出すという意味ではやはりパニシングではあるのだが、それをただ単に上方からのエネルギーと捉えるのではなく、周辺から得たものを自分が変換し、そして光、聖なるなエネルギーとして周囲を満たすというふうに考えられないだろうか。

シェル呼吸 自身の体を拡張して考えること

先日の呼吸をすることを考え始めてから、折に触れて気がつく度にシェルで呼吸をすることをしている。

その際気づいてきたことなんだけれども。シェルというのをどう考えるべきなんだろうね。シェルは自分ではあるはずだ。自分を拡張したもの、もしくは気づいたもの、もともとあったけどね。

そういう風に考えるのであれば、シェルというものも自分である、自分の体の一部なんだ。オーラの体なのだ、光体なのだというふうに考えるべきではなかろうか。

考えるというのはおかしい。認識するべき、そのように植え付けるべきだと考えるべきだろう。

ちょっとべきが多いのはあまりよろしくないな。もう少し認識の仕方を柔らかくできないもんだろうか。

呼吸と姿勢

呼吸を気にするようにしてから数日。思い出した時にやる感じにはなってきた。もともと、私は立って歩くときに時折自分の姿勢をチェックしているのだが、その姿勢のチェックに呼吸の仕方が含まれるようになった形だ。

本当は、もっと無意識化に放り込んで、ただの息をするときとイメージ化というのがリンクすればいいのだが、まだそこには遠い。

呼吸を正すこと、姿勢を正すこと。リンクするようになったのはいいことなんだが。

呼吸をするときに、肺からだけ、口からだけ呼吸をすることをやめてみる。とは言っても、生物的には口からしか呼吸できないんだが、まあそれは置いておくとして。そういえば魚では肛門から呼吸をすることもできるんだったね、空気取り入れて。それについて特殊な状況とか特殊な治療法として、人間もその大腸とかからなんか栄養だったり酸素だったりを取り組ませるというのがあるそうだが。

いや、まあ、それはいい。

今考えているのは、口からだけではなく、取り込むのを自分の周りにあるシェル全体から取り込むように考えられないかということを研究中。シェルも自分であるのだから、自分の領域であるのだから、そこを使うということができない。ただの壁とするのはもったいない。というか面白くない。もっと美しいやり方、いいアルゴリズムがあるはずだ。それを求めていきたい。

日課の再構築

新しい日課について考えている。

タリスマン化を行うにあたり、NoteboolLMを見ている感じ、特別に新しい何かをするということではないようだ。しかし、それではあまり私自身のモチベーションが高まらない。何かしら面白い日課が欲しいと思う。

エネルギーの吸収、呼吸ということを考えると、まずは日拝との絡みを考える。
吸気、呼気、課題は呼気である。自分自身の体表が細かい網目になっている。吸うときは通し、吐くときは出さない。完全に出さないわけではなくて、自分のシェルの中にも充填させるのだから、そこは2段、3段と分かれる感じで考えれば良いのだろうか。

こういうのはやはりイメージが大事なので、イメージがあって初めてそれを固着させることができる。良いイメージを作り上げたいなぁと思う。

自己神殿化とタリスマン化

五時ごろ起床。
通常の呼吸からボックス呼吸を意識することが必要になりそうだ。吸うことより吐くことが重要になる。そのやり方をどのようにして無意識に叩き込むか。また、マイルストーンとしてどのようなものを突っ込んでいけばよいか。これは意識づけと同時に、やる気を保つためのものにもなる。このあたりもNotebookLMと相談する必要がありそうだ。

今後の歩みについて

6時ごろ起床した。
今後の魔術の修行について考察する。これまで日常と魔術については意識を切り替えていることを最重要視していた。これを魔術の領域を日常に静かに広げることになる。一つ一つの息が、歩みが、手の動きが、すべて魔術である。自分自身が生命の木であり、神であり、人間である。自己タリスマン化とは一種自己進化に似たものがある。これは自らの変容をもたらすものだ。

私は今、ポータル、踊り場を抜け、達人への道を歩き始めた。

生命の木の展開

昨日、そして一昨日、Notebook LMを使って今後の方針について考察をしている。

基本的な儀式である五芒性斉唱儀礼、カバラ十字、中央の柱儀式。ここからさらに発展し、違う段階へと持っていけないかということだ。中央の柱儀式の発展的な修行の中に、自分のまわりにシェルを張るというのがある。

これと自分の中の生命の木を育てる。自己神殿化と合わせ、さらにシェルを組み合わせる。自分自身を一種の願望機、要はタリスマンとして見立て、儀式でないとき、スイッチの切り替えを行ってないときでも、エネルギーの密度を高く維持し、なおかつ自己を崩さないようにする。

このようなことを行えばかなり面白いことになるはずだ。

初心者の段階からこれまで、ずっとスイッチの重要性については自分でも気をつけてきたし、何かの折につれ周囲にも話してきた。これを自ら破るとしているのだから、考えてみればおかしなことではある。

足、これは私の殻を破る一つの重要な契機となるだろう。定期的に測定は可能な方法があるので、大きな失敗にはなるまい。

魔術よりプログラムの人になってる

Cloud CodeというAIプログラミングのツールがありまして、最近はそれを使ってプログラムを作るのが私の中の一番の優先事項になってます。

多分そこらのプログラマーさんよりはかなりの経験値を積んでいるんじゃないかなと思っています。

タロットや魔術の知識を使ったソフトウェアを作って、なんか副業にならないかなというふうに思っているところです。私はどこかに正社員として入っているわけじゃなくて、非常勤系でいろいろとやっている人なので、毎年毎年ドキドキしながら契約更新の時期を待っています。今年は少なくなり、来年は非常に少なくなりそうで、まずいんですね。台所は火の車ってやつです。

魔術を心安らかにやるためには、やっぱりその収入がね、ある程度うまくいかないとなりません。しかし、私一人の力では売れるソフトをバンバン出すというのはなかなか難しい。そこで Cloud Code ですよというふうに冒頭に戻ります。

まだ流れに乗れていないので、いろいろと手間取ってますが、頑張っていきたいなと思っています。